「最近、転職を考えていて……」
仕事で悩んでいると、誰かに話したくなります。
同期。仲のいい同僚。お世話になっている先輩。信頼している上司。
毎日一緒に働いている人だからこそ、自分の状況を分かってくれている。だから、つい話したくなる。
気持ちはよく分かります。
ただ、転職するかまだ決めていない段階なら、社内での相談は避けてください。
理由は、その人が信用できないからではありません。
一度話した情報は、自分ではコントロールできなくなるからです。
そして、その情報が人事や上長まで届いたとき、会社の中では実際に動きが始まります。私は採用人事として、その動きを見る側にいます。何が起きるのかを、この記事で書きます。
「この人なら大丈夫」が、一番広がりやすい
もちろん「誰にも言わないでください」と伝えるはずです。相手も「もちろん」と言ってくれるでしょう。
それでも情報は動きます。
そして、動かす側の理由はさまざまです。
人事に情報が上がってくるとき、その経路を見ていると、動機は一つではありません。
本当に心配して伝える人がいます。「○○さん、最近かなり悩んでいるみたいで」と、相手のためを思って相談する。
会社のことを考えて伝える人もいます。辞められると困る、早めに手を打ったほうがいい、という判断です。
一方で、単純に話題として面白いから話す人もいます。
さらに、心配して同僚に話しただけの人が、次に受け取った人によって別の形に変えられることもあります。
問題は、この動機が事前に読めないことです。
その人が信用できるかどうかを見極めても、その先で誰がどう扱うかまでは分かりません。一度自分の口から出た時点で、行き先を選べなくなります。
だから、「誰に話すか」を考えるのではなく、「社内ではまだ話さない」と決めておく。
そのほうが確実です。
人事まで届くと、「離職警戒」の対象になる
ここからが、この記事で一番伝えたい部分です。
「○○さんが転職を考えているらしい」
この情報が人事や上長に届いた時点で、その人は離職警戒の対象になります。
大げさな言い方に聞こえるかもしれませんが、人事にとって離職は管理すべき事柄の一つです。誰かが辞めそうだという情報が入れば、当然、確認に動きます。
具体的には、こういうことが起こります。
上長が、休みの取り方を見るようになる
これが一番実害の出る部分です。
平日に有給を取っていないか。取得の頻度が以前より上がっていないか。半休が増えていないか。
さらに、勤務中の様子も見られます。中抜けがないか。外出の理由が曖昧になっていないか。スケジュールに説明のつかない時間が入っていないか。
要するに、転職活動をしている兆候を探されます。
疑うのが仕事だからではありません。辞めるなら早く把握しておきたい、というだけです。後任の確保にも、業務の引き継ぎにも時間がかかりますから、会社としては当然の反応です。
ただ、活動する側からすると、これはかなり困ります。
面接の多くは平日日中です。一次、二次、最終と進めば、平日に休みを取る必要が出てきます。ところが**「休みを取ると転職活動だと思われる」状態**が先にできていると、日程が組みにくくなります。
理由を聞かれる。取りづらい空気になる。結果として、受けられる会社が減る。
社内で話すことの一番の実害は、噂が立つことではなく、動ける範囲が狭まることです。
情報の扱いを警戒されることもある
もう一つ、職種によっては別の警戒が働くことがあります。
ノウハウや顧客情報を、転職先に持っていかれるのではないか。
社外に持ち出せる情報を扱う仕事ほど、この見方をされる可能性はあります。
本人にそのつもりがあるかどうかは関係ありません。疑われているというより、起こりうることとして想定されるという感覚に近いです。
実際にどこまで対応するかは、会社によってかなり違います。何も変わらないことのほうが多いかもしれません。
ただ、厄介なのは、結果的に残ることになった場合でも、その見方がすぐには消えないことです。
「辞めるかもしれない人」という前提が一度できると、それが外れるまでには時間がかかります。転職しないと決めたのに、以前と同じようには扱われない。そういう状態は起こり得ます。
「囲い込み」が始まることもある
もう一つ、知っておいてほしい動きがあります。
会社として辞めてほしくない人材だと判断されると、引き止めが始まります。
面談が組まれる。今後のキャリアの話をされる。異動の打診が来る。場合によっては、条件の見直しが提示されることもあります。
一見すると、悪い話ではありません。評価されている証拠でもあります。
ただ、ここには注意点があります。
1|まだ何も決めていない段階で、判断を迫られる
外を見る前に「残ってほしい」と言われると、そこで話が終わってしまいます。求人も見ていない、面接も受けていない状態で、比べる材料がないまま結論を出すことになります。
2|断りにくくなる
時間をかけて向き合ってもらった後で、それでも辞めるという選択は、心理的にかなり重くなります。「ここまでしてもらったのに」という感情が、判断を鈍らせます。
3|提示された条件が実現するとは限らない
「異動を考える」「来期に見直す」といった話は、その場では前向きに聞こえます。ただ、正式に決まったものでなければ、実際に動くかどうかは分かりません。ここは冷静に見る必要があります。
引き止めそのものが悪いわけではありません。実際に条件が改善して、残ってよかったというケースもあります。
ただ、その話が来るのは、自分で比較できる材料がそろってからのほうがいい。 順番の問題です。
引き止めには、もう一つの型がある
ここまでは、条件や役割の話をして残ってもらおうとする引き止めです。相手を上げる方向のやり方で、これはまだ健全なほうです。
問題は、逆の方向のものです。
「お前は、うち以外では通用しない」
「その年齢で、今より良い条件のところなんてない」
「うちだから、そのポジションを任せてもらえているんだ」
こういう言い方で、外に出る気持ちを削りにくるパターンがあります。
言われた側は、かなり効きます。毎日一緒に働いていて、自分の仕事を近くで見ている人の言葉だからです。「そうかもしれない」と思ってしまう。
ただ、ここは冷静に切り分けてください。
それは、事実の指摘ではなく、引き止めの手段です。
理由は単純で、上司は他社の採用基準を知りません。
他の会社が今どんな人材を探しているのか。その職種の求人がどのくらい出ているのか。自分の経験がどう評価されるのか。これは、その会社の中にいる人には分からないことです。
自分が外でどう見られるかは、実際に応募して、面接を受ければ分かります。 社内の誰かの評価で決まるものではありません。
そして、もう一つ。
私が見てきた範囲で言うと、こういう言い方をされる職場に残って、状況が良くなったという話はほとんど聞きません。
人を引き止めるのに、その人の価値を下げる方法を選ぶ。その関係は、残ったあとも続きます。「他では通用しない」と言った側と、それを受け入れて残った側という構図が、そのまま職場に残るからです。
言い返す必要はありません。その場で反論しても、話が長くなるだけです。
ただ、受け取らないでください。
そして、この言葉が出てくること自体が、外を見るべき理由になっていることもあります。
順番が逆になると、確かめる前に折られる
ここまでの話を整理すると、社内で先に話すことの本当の問題が見えてきます。
外で自分がどう評価されるかを確かめる前に、社内の評価だけを浴びることになる。
引き止められて残る。やる気を削がれて動けなくなる。休みが取りづらくなって面接に行けない。「辞めるかもしれない人」として扱われる。
どれも、外を見に行く前に起きるところが厄介です。
材料がそろっていない状態では、言われたことを検証できません。「通用しない」と言われても、確かめる手段がない。だから、そのまま受け入れるしかなくなります。
順番を逆にしてください。
先に外を見る。材料をそろえる。判断できる状態になってから、社内の話を聞く。
そうすれば、引き止められても、条件を出されても、あるいは価値を下げるようなことを言われても、自分の手元にある事実と比べられます。
上司への相談も、同じ理由で慎重に
「上司なら、自分のキャリアを考えてくれるのでは」
そう思う人もいると思います。実際、親身になってくれる上司はいます。
ただ、上司には上司の立場があります。
部下の離職。チームの定着率。人員計画。後任の確保。
これらは多くの場合、管理職としての仕事や評価に関わっています。
つまり、こちらにとってはキャリア相談でも、相手にとってはマネジメント上の問題になります。
そうなると、話は「あなたのキャリアをどうするか」ではなく、「どうすれば辞めずに済むか」に寄っていきます。
会社としては当然の反応で、責められる話ではありません。
だからこそ、転職活動を始めることと、会社に転職意思を伝えることは、分けて考えてください。
決まっていない段階ほど、話さない
ここが一番大切です。
求人を見た。何社か応募した。面接も受けた。
その結果、「やっぱり今の会社に残ろう」となることは普通にあります。むしろ、それも活動の成果です。
ところが、その前に社内で話が広まっていたらどうなるか。
自分の中では気持ちが切り替わっている。でも周囲からは**「辞めようとしていた人」**として見られている。
任せる仕事が変わるかもしれません。「どうせそのうち辞めるのでは」と考える人が出るかもしれません。一度ついた警戒は、簡単には消えません。
何も変わらない会社もあります。ただ、自分からそのリスクを作る必要はありません。
決まるまでは、自分の中に選択肢として持っておく。 それで十分です。
相談するなら、会社の外へ
では、誰にも相談せずに一人で抱えるべきなのか。そんなことはありません。
相談相手を、会社の外に置いてください。
家族。社外の友人。前職の知人。転職エージェント。キャリア相談サービス。
社内の人は、どうしても「今の会社」という前提の中でこちらを見ています。外の人と話すと、その前提が外れます。
「その経験なら、別の職種でも使えるのでは」
「その働き方なら、他にもやり方があると思う」
自分では思いつかなかった選択肢が出てくることがあります。
AIも、相談先として使えます
意外に思われるかもしれませんが、この段階のAIはかなり使えます。
誰にも知られません。何度同じことを聞いても嫌な顔をされません。深夜でも使えます。そして、こちらの状況を知らない分、今の会社を前提にした答えを返してきません。
「この条件で転職するのは妥当か」
「自分の経験は、他の業界でも通用しそうか」
「今の不満は、転職で解決する種類のものか」
こういう問いを、誰にも知られずに何度でも投げられるのは、社内の相談にはない利点です。
もちろん、AIは今の会社の内情も、業界の細かい事情も知りません。最終的な判断材料としては足りません。それでも、頭の中を整理する相手としては十分です。
伝えるのは、決まってからで遅くない
転職活動は、会社に宣言してから始めるものではありません。
求人を見る。職務経歴書を作る。応募する。面接を受ける。内定をもらう。条件を比べる。
そのうえで「この会社へ行く」と自分で決める。
会社に伝えるのは、そこからで間に合います。
活動している間は、まだ可能性が複数あります。今の会社に残るかもしれない。応募先に行くかもしれない。別の会社が見つかるかもしれない。
だから、決まるまでは情報を自分で持っておく。
これは秘密主義ではありません。
自分の人生の選択を、自分で決められる状態を保つということです。
誰かに話したくなったら、一度だけこう考えてみてください。
この相談は、本当に社内の人でなければできないだろうか。
たいていの場合、答えは「いいえ」です。会社の外にも、相談できる相手はいます。
決まるまでは、静かに外を見る。それくらいの距離感がちょうどいいです。


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